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金曜日, 4月 10, 2020

「誠実な嘘つき」こそ目指すべき


ジョン・J・ミアシャイマー『なぜリーダーはウソをつくのか』(中公文庫)に寄れば、国家のリーダーは7種類のウソをつく(pp.45)。

  1. 国家間のウソ…他国よりも戦略的に有利な立場を獲得したり、他国が自分たちの分まで有利になるのを阻止する
  2. 恐怖の煽動…自国民が全く認識していないか、あるいは十分に理解していないと思われる、対外政策面での脅威を認めさせる
  3. 戦略的隠蔽…失敗したり議論を巻き起こしたりする政策を自国民や他国から隠す
  4. ナショナリスト的神話作り…自国民に対して、「我々が常に正しくて、彼らが常に悪い」という物語を教える
  5. リベラル的ウソ…リベラル的な規範と矛盾するような国家の行動を隠すために使われる
  6. 社会帝国主義…自国の経済的または政治的利益や、特定の社会階層や利益団体のために、他国の事柄について嘘をつく
  7. 無能の隠蔽…自分たちのせいで失敗したり実現できなかった政策について、自己の利益を求めて嘘をつく

さて、わかりやすいところで言えば、韓国で何か日本起源のものを指して「これは朝鮮半島起源であり、日本に輸入されたものである」と言うのは、上に挙げた「4.ナショナリスト的神話作り」に当たる。また、ブッシュ米大統領がイラクに大量兵器があると発表したのは「2.恐怖の煽動」であり、2019年末以降、日本政府が国内の景気低迷を「緩やかに回復」としたのは「3.戦略的隠蔽」であろう。もしかしたら、景気対策が失敗したことを自覚していて「7.無能の隠蔽」を図ったのかもしれないが。

注意しなければならないのは、これらの嘘は決して国家のリーダーの専売特許ではないことだ。安倍政権を口汚く罵る人々にも、ほぼ共通して見られる、ある種のテクニックなのである。流石に全てが当てはまるわけではないが、自分が過去に褒めていた人が迷走し始めたので関連動画を非公開にする「7.無能の隠蔽」や、自分がお金をもらっている団体のことを持ち上げる「6.社会帝国主義」は日常的に見られる。YouTubeで偉そうなことを言っている人の動画を10分も見れば、だいたい上の項目のうちのいくつかが含まれていることに気づくはずだ。「嘘」と断ずる根拠がないので、そういった動画を挙げて例示するのは難しいのだが。

ワシがこの部分に引っかかったのには、さらに理由がある。これら嘘をつくことが国家のリーダーとか有名なYouTube=煽動家にのみ許された行為であるなら、単純に「世の中のことをよく理解できるようになった。むふふ」と言っていれば済む話なのだが、これに似たことはビジネスの現場にも当てはまる。しかも、それは大企業だけに止まらず、個人事業主やアルバイトのレベルまで関係がある。

出版物で言えば、「この知識がないと、現代を生き残れない!」などという煽り文句は常套句である。実際には、その本を読まずに現代を生き残ることが可能であったとしても(だいたいの場合、本の知識は生き残るのに必要ない)、このようなアオリを書くことに罪悪感を持つ編集者はいないだろう。つまり、その煽り文句は嘘である。上で言うところの「2.恐怖の煽動」であり、「3.戦略的隠蔽」に当たる。

そこで気になるのは、「嘘をつくのは良くない」という道徳的・宗教的教えである。たまたま、今日見た動画の中にこういうものがあった。



大愚和尚のYouTube動画だが、このように説法を行う大愚和尚ご自身が「誠実」なのかは、よくわからない。おそらくは「誠実」ではないだろう。ワシの尺度によれば、だが。ワシの尺度によれば、もう自分の生活のために儲けなくても食べていける状態というのは、大変な「不誠実」から成り立っている。また、宗教家が自分を飾り立てるようになると、それは中身が腐敗してきたことを意味する。

もちろん、美しい映像と滑らかな語り口によって、ファンは増えるだろう。そして、助けられる人も増えていくだろう。しかし、それは宗教家としての「誠実」とは関係がない。ローマ教会の歴史と残されている建造物・美術品を見よ。

一方で、人助けという面から見れば、「誠実」であることは必須ではなく、むしろ人助けの能力が高い方が重要である。人助けという面から見れば、宗教家として誠実で人助けに興味のない人よりは、説法がうまく、ファンを集められる人の方が価値が高い。それはそれでいい。しかし、それは「誠実」とは関係のないことだ。

僧侶でさえ、自分の顔(=自分がどうであるか)を鏡ではっきりと見る(=自分で知る)のは難しい。自分が「誠実」でないことに気づかず、他人に「誠実であれ」と説教してしまう。誠実さも賢さも、大愚和尚に全然劣っているワシのような人間ならなおさらだ。よくよく注意した方がいい。

閑話休題。大愚和尚が嘘をついていないまでも「誠実」ではないことを目の当たりにするにつけ、ワシら凡人は「誠実な人間であろう」とするよりも「自覚的に嘘をつく」ことを目指した方がいいのかもしれない、と感じている。もちろん、何にでも嘘をつくのは精神的な障碍であり、とても勧められるものではない。しかし、変に「誠実」であることによって、自分や自分の近しい人を危険に晒したり、あるいは本来伝えるべき知識が伝わらないとしたら、それは目的から外れる。

出版物で言えば、例えばExcelの使い方を事務職の人が覚えることには何の問題もなく、知識があることが知識がないことよりもほぼ無条件で優れている。であるなら、ごく単純な話、「Excelが使えないと、現代では生きていけない」とか「この機能を使いこなしてこそ、一人前のビジネスパーソンである」などと言ってしまうことは、「2.恐怖の煽動」や「1.国家間のウソ」「4.ナショナリスト的神話作り」に繋がるが、それはもはや必要なウソである。

似たようなことは、日々のビジネスシーンでよく生じる。思い返すに、本当のことを言った「誠実」な行為から不都合な結果が生まれたことは枚挙にいとまがない。「嘘をつくのは良くない」「本当のことを言うのが望ましい」という固定観念は、真面目な人間こそ、捨てた方がいいような気がする。

あるいは、目指すべきは「誠実な嘘つき」なのかもしれない。「誠実な嘘つき」になるためには、どのように嘘をつくと自分や他人のためになるのかを考える必要がある。最近、人生でもっとも重要なのは「戦略」であるという思いを強くしているのだが、「誠実な嘘つき」であるためには「戦略」が必要になってくる。何も考えずに、ぼーっと本当のことだけを言っている人間には「戦略」は無縁である。そういう生き方も認められるべきだが、この世に生きている限り、なかなかうまくいかないものだ。


金曜日, 4月 19, 2019

見上げる空の高さの違い

Image from Gyazo
山中さんはここ1年で、多くの優れた編集者に会ってきました。そのなかで知った彼らの仕事ぶりは、「作家の成果物には即フィードバック」「打ち合わせで話題になった事象の関連資料は翌日にも作家へ発送」など、手際よく迅速で気配りも行き届いていたとのこと。しかもそれらを当たり前のように処理していて、あらゆることに対し「普通」とするレベルが高かったのだそうです。
「ヒットメーカーは『普通』の基準が高い」 漫画編集者の体験談に大きな反響 - ねとらぼ
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1904/04/news013.html
昔、他の同業者からどんどん仕事を奪い取っていた頃、要求されるレベルより出来るだけ上のものを提出するようにしていた。しかし、いつの頃からだろうか、要求レベルギリギリを狙うようになった。あるいは、多少下回っていても、「まあいいか。大勢に影響ないし」と思うようになった。昔は他の同業者より売れるものを作れたのに、今や他の同業者を羨むことが多くなった。

まさに堕落である。確かに、業界全体の落ち込みがひどく、多少いいものを作ったところで売れないとなると、パレートの法則を適用し、細かい仕事から手を抜かざるを得ない。そうでないと、簡単に搾取されてしまう。ワシの業界は、なぜか安い仕事ほど面倒くさい傾向が強い。おそらく、原価計算をきっちりするから安くなり、原価計算ができるくらいちゃんと考えているからこそ、面倒くさくなるのだろう。
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そういった「ハズレ」の仕事を避けて、楽で高い「アタリ」を引いてくるのが良いことと考えざるを得なくなってきた。当然、「ハズレ」の仕事も増えてくるし、ハズレっぷりも酷くなってくる。その過程で、現状のように「アタリ」の仕事にも全力であたることが減ってしまった。歳のせいもあるが、本当に残念だ。

あとどれだけこの業界に居られるのか、あるいは他の業界で生きていかねばならないのかわからないが、重要な部分を他人に任せるのは止めて、自分で責任を取れるような形で進めていきたい。一時的に失敗が増えるかもしれないが、誰かのせいにする必要はなくなる。そこで何とかできればいいのだが。

タイトルだが、同じことをワシも昔から考えていた。そして、それを「見上げる空の高さの違い」と表現してきた。下を向く人、水平線に目を向ける人、そして天を仰ぐ人。どれがいいとかではなく、その違いが結果に跳ね返ってくる。よくよく考えておくべきだ。

お人好しは損か得か

Image from Gyazo

10のうち8まで人を信頼する人がもっとも「成功のパフォーマンス」が高く、9以上の無分別なギバーはテイカーに食い物にされるだけであるとする。そして「平均すると、嫌なヤツはうまくやる」が、長い目で見るとその効果は低減していくと結論づけている。

「まず人に与える」を実践してみた話。 | Books&Apps
https://blog.tinect.jp/?p=59279

勝間さんも先日出たばかりの本に書いていたが、とりあえず「まず人に与える」は態度としては、ビジネスの現場でさえ、間違ってはいない。しかし、無限に与える人はテイカーに食い物にされるだけだ。やはりどこかで線を引いて、「ここから先は与えない」「これをやられたら、縁を切る」と決めておかねばならない。

また、「嫌な奴」すなわちテイカーは、長い目で見ると徐々に成功から離れていく。歳を取るほど、人に与える余裕がなければ、人から奪うことさえままならなくなる。大きなことを言って、人を人とも思わず振る舞ってきたやつが、歳をとって丸くなる例と尖ったままで人が離れていく例と、同じくらい出会う。

ギバーなのかテイカーなのかは、おそらく生まれつきか、あるいは子ども時代に決まってしまうのだろう。しかし、ある程度は矯正も可能なはずだと思うのだが、どうなのだろう。

日曜日, 3月 03, 2019

「真面目」「お人好し」は悪徳

ワシが中学生や高校生の頃は、「彼は真面目だ」と言えば、それは褒め言葉であった。学生の頃はそれでもいいのだが、ビジネスマンとしての活躍を求められるようになれば、「君は真面目だ」と言われれば、それは貶されているのだと感じなければならない。

我々の中から一つの才能が表に現れてくるときには、必ず、その才能に見合った人格が表に現れてくるのです。『なぜ、優秀な人ほど成長が止まるのか』(田坂広志、ダイヤモンド社、p.174)

つまり、一つの人格だけで仕事の全場面を乗り切ろうとするのは、真面目であっても効果的ではなく、成果に結びつかないことが多いということだろう。

また、「お人好し」ももはや悪徳である。人に好かれるのはある種の立場の人には必須かもしれない。しかし、自分が損をするような選択肢も、相手に言われたらそのまま受け入れてしまうような性格は、結果として自分を苛み、周囲の人にも回り回って悪影響を与える。道理に合わない要求は正しく断るのが誰にとっても良い。

生きていくのに必要なのは、戦略である。戦術ではない。人生はある一時期だけうまくいっていても仕方ない。全体として破綻のないようにマネージする必要がある。そして、真面目な奴はそれに失敗することが多い。わかりやすいのが学歴だけがすごいが、その後の人生がパッとしない、入試に最適化したバカだ。

…というのが、ミクロ的に社会を見た時の話。マクロ的に社会を見ると、真面目やお人好しを軽んじるようになると、社会的なコストが上がる。先のことを考えずに、安価にいいものを作るという職人の文化は、陳腐化したときに社会の効率化の足を引っ張るので悪者になりがちだが、これをすべてなくすのが本当に社会のためになるのかは、よくよく考えたほうがいい。給料は高くできなくても、社会的な評価を与えておいたほうがいい仕事はたくさんある。今の日本社会に問題があるとしたら、そういう考え方を国の上層部が忘れつつあるようにしか思えないことだ。これもグローバル化の顕現なのであろうか。

水曜日, 2月 20, 2019

心底がっかりした

 

20190220 doctor

こんな感じで、いろいろな人を分析していった結果みえてきた現実がある。それは一口に勉強ができるといっても、3つのパターンがあったという事だ。(中略)そして3つ目のパターンは、勉強自体が好きなパターンだ。この人達は、いわゆる机に座って本を読んだり、学校の授業を受けるのが好きなタイプの人である。(中略)現実は非情である。この条件に該当する人達が実は医師としてドロップアウトした率が一番高かった。

労働者のパフォーマンスは「能力値」×「目標に向かって我慢できる値」で決まる | Books&Apps

某旧帝大を逃げるように中退したあと、某公立大に1年生から入り直したが、最初の2年くらい、夏休みも図書館に通って丸山圭三郎などの本をノートを取りながら読んでいた。2年生あたりから、大学院の先輩の誘いもあって、院生が主体の勉強会に顔を出して課題図書のまとめを簡単に報告したりもしていたと記憶する。勉強そのものは好きだった(今も基本的には好きだ)。所属した学科の先生方からも多少期待されていたのだろう。いろいろと目をかけてもらっていたように思う。

将来のことを考えることなく、大学院に進学することにした。学部生時代は「勉強好きな学生」というだけで一目置かれるが、研究者志望となれば話は変わってくる。今、受け入れられるテーマを選び、指導教員から適切な指導を受けて、学会発表や論文など成果を挙げていく必要がある。学ぶことが好きなだけでは、何の意味もない。好きなことを突き詰めて成果を挙げ、研究者としても成功を得る人も少なくないが、彼らは幸運である。ワシは「好き」を突き詰めた結果、指導教員と衝突し、別の理由で大学を去った。

これをワシは、ワシ自身の問題であると認識していたのだが、医者の世界もそうらしい。つまり、ワシの失敗は、どうも「なるべくしてそうなった」たぐいのもののようだ。

ワシはコンピューターと本と音楽が好きだ。前2つをかけ合わせた仕事で曲がりながらも多少の成果を挙げられたのは、非常に幸運だった。しかし、好きなように仕事をしたことはほとんどなく、広島カープの元投手、黒田博樹が「野球を好きだと思ったことはない」とどこかで語っていた(うろ覚えにつき、誤りがあればご容赦)ように、辛いとしか思えない状況で踏ん張ってきた。だからこそ、ここまで来れたのだろう。

だが「勉強が好き」な人を不幸といいきるのも問題がある。(中略)あとはその「好き」を、キチンとビジネスに落とし込むという行程さえ超えられれば、人生を豊かにする為の仕事ができるようになるだろう。

残念ながら、これは完全に間違っている。この種の「好き」を「ビジネスに落とし込む」ことができるなら、それは「好き」ではない。仕事に関係ない方向に暴走し、制御できないのが「好き」である。たまたま、ビジネスに役立つ方向に向くことはある。何しろ、暴走しているのだから。

つまり、ワシのような「3つ目のパターン」に属する人間は、「好き」を仕事にしない方が安全であり、もし「好き」を仕事にした場合、「好き」なように仕事をしない方が成功する。「1つ目のパターン」にも「2つ目のパターン」にもない、仕事をしている限りはずっと負け続けるのが必然なのだ。こういう人生を運命づけられていることに、本当に心底がっかりする。

土曜日, 2月 16, 2019

自分の代わりに、何を破壊すべきか

Image from Gyazo

TIMELINE - タイムライン  思う存分破壊できます "怒りの部屋"が話題

どこかに書いたかもしれないけど、自殺願望のある人を連れてきて、自分の大切なものを金属バットで粉砕させると、何割かの人は自殺をやめると思う。できれば、この動画のような専用の部屋ではなく、自分の部屋で自分が一番大切にしているものを破壊するのが効果的なはず。

なぜなら、自殺は自分の「器」である自分自身を破壊するという意味もあるからだ。自殺未遂者の何割か(全員ではないことに注意)は、その後、二度と自殺しようとしなくなる。気が済んだわけだ。だからといって、みんなに自殺未遂を体験してもらうわけには行かないので、その代わりに大切なものを破壊することで、自殺衝動をちゃんと昇華させてあげる。

いじめなど外部に原因がある場合は、この方法でうまくいくとは思えないが、破壊衝動が自分に向かっているタイプの自殺願望は、案外これで人生に対する見方を変えることができるのではないか。

(追記)
『雨の日は会えない、晴れの日は君を想う』という映画を見たのだが、劇中で主人公が自分の家をハンマーなどで盛大に壊すシーンがある。主人公は自殺したいわけではないが、妻を亡くしてからその存在に気づいた、いろいろなストレスを発散する方法として自分の家を壊しているのは象徴的だと思う。

月曜日, 1月 14, 2019

騙されやすいのはなぜか

20190114 lie

Photo ACで適当に検索したら、こんなに大きなオネーチャン写真がヒットした。

アホ天才は世の中をバカにしているので「地方に移住してブログを書いてクラウドソーシングでハッピー!」なるアメリカン・ジョークを真に受け、信じてしまうのである。

騙すのと騙されるの、どちらが悪いの? - Everything you've ever Dreamed

フミコフミオ氏は3年半前からイケハヤ師をディスってたんだな、という話はともかく。「騙す側と騙される側のどちらになりたいか」と聞かれると、自分は正直者で善良だと思ってもらいたい人は「騙される側」と答え、実利を追求するのが人間であると考える人が「騙す側」と答える。質問自体が無意味なので、回答もまた意味を持たないが、特別な技能も太いパイプも覚悟も持たない人がフリーランスになって生活費を稼ぐとなると、一番早いのが最近ではオンラインサロンを作って、信者から小銭を巻き上げる手法のようである。難しいのは、特に他人に提供できるリソースを持っていない人だけが集まって、なんにも役に立っていないと思われるケースが多い(と思われる)反面、小銭の代わりに提供される場が本当に役に立つケースもあることだ。大半のオンラインサロンは、主宰者が食べていくためにのみ役に立っているように思えるが、しかしそうではないサロンも存在していることだろう。

ワシの父は、幼少期から厳しい環境に置かれていたこともあり、騙される側よりも騙す側に回って家族を養った。ワシはというと、圧倒的に騙される側に立つことが多い。自分でも呆れるくらい、お人好しである。幸いなことに詐欺にはあまり引っかからないが、仕事ではもう本当に騙されてばかり、というか、バカ正直なことをして損をすることが多い。なぜか、引き寄せられるようにバカ正直でお人好しな選択肢を採ってしまうのだ。それでいて、いいことばかりしているのではなく、それなりに悪いこともしているのでタチが悪い。悪人になれず、そうかと言って善良でもないコモノ、というポジションにがっちりハマるタイプだ。父のやったことの報いを受けているとでも思っておくのが、精神衛生上、良さそうだ。

もう一つ重要なのは、騙す側に回ったとき、それでもなお実際に騙すかどうかは、その人の判断にかかっているということだ。なんでも事実を全部ありのままに言うのが、常にいいとは限らないだろう。しかし、個別の場面で目の前の相手を騙すかどうかは、いつも騙す側の意思にかかっている。騙される側は、意思によって騙されたり騙されなかったりするわけではない。ここに非対称性が存在する。そのことは忘れないほうがいい。

日曜日, 12月 02, 2018

佐藤葬祭佐藤信顕氏に反論する

香典の問題は、問題のある振る舞い(おもに「出さない」「少ない」かな)を見たからと言って、軽々に批判すべきではない。お金は、持っている人は持っているが、持っていない人は本当に持っていない。また、多少持っていても、使い道が完全に決まっている人もいれば、老後の不安が強くて、財政的には出せても心情的には出せない人もいる。このあたりは、察するしかない。

佐藤氏は「香典は任意である」と言うが、実際には難しいケースも多くないだろうか。個人的には、親戚関係の葬式に出たのが学生時代で最後、あとは弔電で間に合わせたので、大きなことは言えない(以前の同僚が若くして亡くなったときは、出席して5000円を包んだ)が、手ぶらで行って記帳すれば、何か言われそうなことは容易に想像できる。「できる範囲で故人を送ってあげようよ」という主張にはまったく賛成だが、それが本当に許されるのか。私は許したいが、ほかの人がそうであるかはよくわからない。逆に、香典の少なかった人、持ってこなかった人の陰口を叩く人が結構な数いそうなのだが…。

「自分の損得だけを考えて、人のために何かをするのが尊いという考え方を持たないと、非常に危険な状態に陥る」という考え方には諸手を挙げて賛成したいが、そこに「世間で常識とされる金額を香典に包むべき」という考え方がない場合に限る。もし「世間で常識とされる金額を香典に包むべき」という考え方が含まれていれば(佐藤氏の考え方には含まれていない)、とても賛同するわけにはいかない。

もうひとつ、動画の最後に「一人一人の生き方は自由なのだが、そのぶん結果の責任も全部自分で負わねばならないのは非常に怖い」と言っているが、これはワシ的にはまったく受け入れられない。非常に強力な同調圧力である。モダンあるいは近代は、「自由から生じたことの責任は自分で負う」のを基本としている。自分の行為の責任を自分で負うのを基本としつつも、どう助け合っていくのかを西欧では何世紀にもわたって考えてきた(遅くともカント以降)。このような圧力に負けないために効果的な反論をしようと思えば、わかりやすい方法として、葬儀も香典も否定しなければならなくなってしまうのが残念だ。

ワシ的には、ワシの葬式は香典不要(受け取らない)としたい。あるいは、選択肢を出す。

  1. 香典(金額自由、1円以上、香典返しはしない)
  2. 献花(菊でなくてよい)
  3. SNSなどに写真付きで投稿(ワシの写真を撮って「アホ」「クズ」と書いてあっても可)
  4. 手紙(長さ自由)
  5. スピーチ(おもしろくないものは、ワシが棺桶の中から鐘をひとつ叩くので即時中止)
  6. 漫才・落語(おもしろくないものは、ワシが棺桶の以下略)
  7. 歌(下手なものは、ワシが以下略)
  8. 嘉門達夫とエスパー伊東とMr.オクレを呼ぶ

…ワシはいいんだが、親族が嫌がるだろうなあ(苦笑)。

金曜日, 11月 30, 2018

フリーライダーの問題点

パソコンに向かう女性

今の時代、有料でサービスを提供しようだなんて古いです。私は漫画を読むときはブックオフで1巻から最終巻まで立ち読みしますし、お腹が空いたらスーパーの試食を何回も周回して食べます。

http://seiyufan.livedoor.biz/archives/9279996.html

お子様の戯れ言と切って捨てるのは簡単だが、同じ問題をはらむ現象は、実は少なくない。この筑波大生は、ブックオフで1巻から最終巻までコミックを立ち読みできるのは、大半の人が購入しているからであり、彼のようなフリーライダーはごく少数だからお目こぼしに預かっているだけである、ということを意図的に捨象している(あるいは、それに気付かないくらい愚かである)。pha氏が働かずに食べていこうとしていたのも、実は同じ路線の上にある。pha氏が働かずに食べていけるとしたら、それは大半の人が働いてお金を稼いでいるからである。

同時に、「働きたい人が働き、施しを受けていきたい人が施しを受ける」「商品を手元に置きたい人が購入し、不要な人は購入せずに利用する」と言えば、案外悪くない世界だとは思う。これはベーシックインカムにも通じる。

ただ、自分のような人間が増えると社会が成立しない、という振る舞いを続けることには、倫理的な問題がある。これをどう考えるか。

水曜日, 11月 07, 2018

あるYouTuberの変遷(成長)

最近、よく見ているのが「大愚和尚の一問一答」だ。福厳寺というお寺の住職でありながら、いくつもの事業を興しているそうだ。数年前からナーランダ出版という出版社と協力してYouTubeに動画をアップしているようだが、これが2014年の動画。

冒頭でスタッフらしき女性とのやり取りが短く入っており、話にエンジンがかかるまで1分くらいかかっている。途中でスタッフがくしゃみをしている音も入っている。一応、ピンマイクは使っているようだが。視線はカメラには向かず、聞き手役のスタッフをずっと見ている。なによりホワイトノイズのレベルが高く、かなり耳障りだ。ライティングにあまり気を遣っていないのか、画面も暗い。

次は2018年の動画。HD画質で音声もクリアだ。しかも、最初から最後まで立て板に水のように話しているので、音声だけ取り出して聞くのにも適している。

全体的には、坊主が法話をしているように聞こえる部分もあるし、単に若い経営者が「こうすればビジネスで成功する!」と話しているように聞こえる部分もある。もちろん、ベースは仏教なので、ふつうのビジネス書とはちょっと違うが…。

金曜日, 6月 01, 2018

山田ルイ53世にインタビューしたい

「一発屋」を消費してきた全ての人に山田ルイ53世が伝えたいこと

ひきこもりの話をすると、多くの人はその6年間があって今があるんですよね!って美しい着地を目指される。でも、僕はこの6年は完全なる無駄やったと思っているんですよ。なんにもない。成果ゼロで完全に無駄やねんと言いたいんです。美談じゃないし、きれいな落とし所もないですよ。

「一発屋」を消費してきたすべての人に山田ルイ53世が伝えたいこと(石戸 諭) | 現代ビジネス | 講談社

何か、人生における「垢」のようなものを落とすために時間を必要とするタイプの人間がいる。大成することはなく、本人も苦しむのだけど、耐えた先にはちょっと変わった風景が広がるように感じる。かなり年下の彼も、実は同じタイプだったみたい。今年の8月に母校でOB向けの大きなイベントがあるが、ワシのように館山も久美浜も知らない高校編入組は、全くお呼びではない。一方で、館山や久美浜を知っている奴は、中学中退であっても受け入れられる。だから、彼こそは母校に行って何か喋る資格があるのではと思ったが、もしかすると彼も、館山も久美浜も行ってないのかもしれない。

芸能人へのインタビューなんて、絶対にやりたくない仕事の一つなんだが、彼だけは例外。

火曜日, 5月 23, 2017

留学必須の場所で留学したくないなら、そこを去れ

ナウル、世界一の贅沢に溺れた国の結末:日経ビジネスオンライン

日本人が「先人の築きあげた富」に依存してしまえば、我が国もナウルのあとを追うことになるでしょう。

「先人の築き上げた富」なんて、ワシには関係ねーよ…と思っていたのだが、いやいや待てよ。大昔、留学が必須の場所で研究のまねごとしていたにもかかわらず、毛筋ほども留学について前向きに考えたことがなかったのは、「国内でうじゃうじゃやってれば、何とか生きていけるだろ」と、回転の悪い頭でぼんやり考えていたからである。この危機感のなさが、もしかしたら「先人の築き上げた富」にあぐらをかいている証左なのかもしれぬ。

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May 23, 2017 at 03:09PM

金曜日, 5月 12, 2017

"ars longa, vita brevis"の意味

ふと、"ars longa, vita brevis"の意味が気になった。

Ars longa, vita brevis. 芸術は長く人生は短い | 山下太郎のラテン語入門

ラテン語の ars はギリシア語のテクネーに相当し、本来は「芸術」というより、自然に対置される人間の「技」や「技術」を意味する言葉でした。

そうそう、arsは「技」というのが適切だよね。芸術を含めてもいいが、むしろ医術とか技術関係のこと。arsのためには、vitaを惜しむな…という意味ではない。

 

May 12, 2017 at 12:43AM

日曜日, 5月 07, 2017

私立一貫校の序列は何で決まるのか

> 都内の私立一貫校になると、序列を決める要素は何になるんですか。
> 親の金とコミュニケーション能力だね。当時はバブルだったので実家が金持ちの子はヴィトンボストンを抱えて学校に通って、中学3年あたりから金曜土曜に六本木とか湾岸地域のディスコとかクラブのパーティーに繰り出すみたいな。

バブル前に高校時代を過ごしたが、序列が親の金とコミュニケーション能力というのは、あながち外れていないかもしれない。親の社会的地位という点では、同級生でも下から一、二を争っていたはずのワシは、序列という点では幕下付け出しだったな。

スクールカースト頂点も卒業後は貧困…ニッポン階層社会の現実 | DOL特別レポート | ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/126465

May 07, 2017 at 03:08PM

土曜日, 5月 06, 2017

死ぬときは

> 過去、死亡した路上生活者も何度か見たことがあるというこの地元NPO関係者は、あいりん地区で路上死する人は不思議に、死に顔が「とても安らか」なものだという。

死ぬときは、安らかな死に顔でいたいものだな。

路上生活者の「死」のリアル、無字の位牌に読経なしの無常(下) | JAPAN Another Face | ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/126696


京大を志望する高校生に告ぐ

> 高校までは100点を目指していい。でも大学では100点を取る価値はあんまりない。なぜなら変わってしまうから。最先端だから。間違っていることもあるから。だから満点を取っても意味がないかもしれない。君たちは30年後に、誰も知らない問題を解かなければならない。じゃあ授業で100点取っても意味ない。でも0点はダメ。明日を生きるため。明日は今の延長線上だから。近未来を生きるために60点が必要なんだ。

高校で100点取れても大学で60点取れない人は、京大に来てはいけません。つまり、どんな変人でも、何をしていても、60点取れる程度には要領が良くない人は阪大なり東大なりにどうぞ、ってことです。

世界が滅んでも生き残るため、京大生よ変人たれ。酒井教授が語る、カオスに立ち向かうための「京大の役割」 | 360˚|京大発オンラインメディア
https://kyodai.360-degrees.jp/articles/35#headline166

木曜日, 5月 04, 2017

人生のもっとも大きな教訓とは

> 不平を言う理由などない、勇気、強さ、尊厳は、満ち足りた生活のなかでは学ぶことができない、という人生の最も大きな教訓を思い出します。

よくよく考えてみるべきだなあ。


「すべてを失った男」が教えてくれた7つの教訓 | ライフハッカー[日本版]
https://www.lifehacker.jp/2017/05/33254.html


May 04, 2017 at 06:31PM

ネット婚活の弊害

> ネット婚活の弊害は、最初に条件検索ができることだ。

婚活で成功するには、まず共時的ではなく、通時的に考えること。同時に多くの異性を並べて、それぞれの優れているところと劣っているところを比較すると、なかなかうまくいかない。どうしても譲れないところをひとつ決めて、あとは全部無視して進めてみるといい。逆に、どうしても取りたいところをひとつ決めて、そこに当てはまる人は全員歓迎とする。

商品を並べる店先でも、あまりにも多くの種類があると、消費者に選択の負担がかかってしまい、売れないとどこかで聞いた。目の前に座っている奴を飲み込めるかどうか、それを考えるといい。

検索時代が生んだ「婚活難民」の果てなき迷走 | 仲人はミタ-婚活現場からのリアルボイス- | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
http://toyokeizai.net/articles/-/170200

May 04, 2017 at 02:40PM

水曜日, 4月 19, 2017

飛行機が飛ばないとき

KLMが怪しい件。落ち着き先が気になる。

Royal Dutch Airlinesも日本人向けには英文と異なる告知をする差別待遇をしていることが判明 - Togetterまとめ
https://togetter.com/li/1100943


April 19, 2017 at 08:25PM

土曜日, 4月 08, 2017

増田のほうが2ちゃんより程度が低い…のか?

2ちゃんより増田の方が書き込んでいる奴の質が低いように見える。2ちゃんは棲み分けがはっきりしている板も多いが、増田はない。この手の話題になると荒れ放題が普通だよね。


生涯未婚に対する個人的な考え
http://anond.hatelabo.jp/20170405115356

ここはメモ帳に変更されます