日本が現金払い主義からまるで脱せない理由 | 家計・貯金 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
現在、日本企業の製造現場はミリ単位の合理化を延々と続けているが、その一方で経理などのバックヤードは、相変わらず昭和時代の非効率なビジネススタイルを守っている。給与の支払いや取引先への支払い、海外送金をはじめとして、仕事のスタイルそのものを変えていこうとしない。
海外との競争にさらされる製造の現場などでは、合理化した上で、特化したものづくりにいそしんでいる反面、バックヤードは旧態依然としたやり方が定着しており、デジタル化は遅々として進まない。だいたい、いつまで領収書を紙で精算させるんだよ。100年くらいやり方が変わってないだろ。バカか。なぜ領収書を電子化して、暗号化して改竄不能な情報をスマホで読み取らせて、経理にそのまま送れるデータにしないのか。経理の補助を仕事としている奴らが、自分の仕事がなくなるのが嫌さに邪魔してるんじゃないかと思ってしまう。
なぜ現金払い主義がここまではびこったままなのか、記事ではATM利用手数料が銀行の収入のうち、少なくない割合を占めていることを理由のひとつとして挙げている。つまり、ATM網を維持するには、時間外や提携機関からATMでお金を引き出してくれる人が必要だとのこと。これはわかる話だが、その状態に安住するのはよくない。また、コメントでは、他にも理由が挙げられている。いくつか挙げておきたい。
- ネックはやはり電子マネーの無駄な多さで、金融ではなく交通や小売り企業が主導権を握ってしまった不運
- 日本が海外に比べて、安全な国である証拠ではないかな。それと、ニセ札も少ない。
- 日本は交通系電子マネーを導入するときにICカードのほうが高い区間を作ってしまった。ロンドンでは、導入当初からICカードが半額程度に設定された
- 店側がキャッシュを望むからそれに合わせてしまう。決済デバイスの導入費、維持費、決済手数料を嫌ってる
- 導入側も多額の投資が必要、規模が無いところでそれをするのは非効率だし、先に述べた交換手段の交換によるポイントなどの付与の停止、そもそもの交換の停止がある以上、現金を超える流動性は担保できる現金にかわる支払い手段は存在しない
振り返ってみれば、出版業界も上ではメディアミックスとか、SNSの積極活用とか、いろいろあるみたいだが、末端のワークフローはビックリするほど変わっていない。この20年で変わったところと言えば、(1)QuarkがInDesignになった、(2)紙ではなくPDFでゲラを送るようになった、くらいだろうか。一部の環境では、(3)編集者が組むようになった、(4)入稿データはオンラインで送付できるようになった、というのが加わるが、(4)はともかく、(3)は進歩とは言いづらい。日々、紙に出力しては、赤ペンを握って、デザイナーと紙でのコミュニケーションを続けている。まあ、フリクションボールの登場は画期的ではあったけど。
このように日本が世界標準から大きく取り残されるのには、日本人独特の思考の癖のようなものが関係しているのかもしれない。「社会全体のためには、今の自分にはちょっと不利だが、こうすべき」「今の自社には若干不利な変更だが、その先で何か取り返す方法を考えたい」「このままでは既存の仕組みは時代遅れになるから、ここは『損して得取れ』で先に進めたい」といった先を見通した考え方を持たないトップが多すぎる。その結果が、古くはガラケー天下をiPhoneで完全に粉砕された過去であり、現在あるものとしては、不便すぎてアーリーアダプターでさえ尻込みしたくなる電子マネー規格の乱立であり、これから出てきそうなQRコードによる決済規格の乱立であろう。内需だけである程度食えるから、新しいことを考えるとババを引くハメになってしまう、というのはわかるのだが、そこは各組織のトップが判断してほしい、あるいは判断すべきところだ。