Thursday, May 09, 2019

なぜ日本がITの世界で後進国なのか

日本のIT産業はなぜ技術者の「才能」を殺すのか

「近代日本の歩みはすべて才能扼殺の上に築かれてきた」


福田恆存の「私の演劇教室」(1959)という本に、以下のくだりがあるとのこと。
言葉を操るのもまた才能である。しかも、それは機械工業や製靴や製本と同じく、南蠻渡来のものなのである。同じくではない、私たち日本人にとつては、それらと較べものにならぬくらゐ異質の才能に屬する。したがつて、西洋の文化、文明を同化するといふ大事業のうち、言葉を操る仕事がもっとも遲れてゐる

ここでいう「言葉」の解釈は難しいのだが、結局のところは「つべこべ言わずに仕事しろ、実績を上げろ」ということになる。ソースにはもう一つ、「才能を重視せよ」ともある。当たり前のようだが、実はこれが日本人には非常に難しい。才能ある人が作った「いいもの」が認められず、普通の人が適当に作ったものがもてはやされる場面を挙げたらキリがない。

で、思いついたのだが、日本がITの世界で後進国である理由の一つは、プログラミング的思考が日本人の思考に馴染まないことではないか。プログラミングとは、なるべく少ない手間で多くの結果を得ることが良いとされている。しかし、日本の企業では、手間を減らす=悪と考える人がまだまだ少なくない。Excelのマクロを作って作業時間を大幅に減らしたら上司から怒られた、とか笑い話にもならないような話がゴロゴロしている。つまり、プログラミングの目的を追求すると、企業内で批判されるわけだ。

この環境で高品質なソフトウェア、役に立つサービスを開発するなんて、とても無理だと考えるのが正しい気がして仕方ない。日本全体で言えば、手間を減らすと価値が上がるものではなく、手間をかけると価値が上がるものに注力すべきだ。例えば、今から小学生にプログラミングを教えるのではなく、漫画やイラストの書き方、Illustratorの使い方を教える方がいい気がする。

P.S.
プログラミングは、文章を書くことやイラストを描くことと同様に、アートの領域に属する作業なのかもしれない。なぜか。文章の書き方を教えても、全員がうまく書けるようにはならない。少なくとも手取り足取り指導せずに、売り物になる文章を書けるようになるのは難しい。教えてみたら分かる。イラストもそうだろう。となれば、締切やガントチャートなどで進行を管理するのはそもそも間違っている。今年(2020年)はその方向でやってみよう。

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