- Evernoteのローカル版
Evernote自体、これから使うので、どのくらい使い物になるのかわからないのだけど。フリーソフト。 - iFreeMem v3
FirefoxとかSafariとかがものすごい勢いでメモリを食うので、メモリを解放してくれるツール。シェアウェア。 - Shadow
クリップボードに複数の情報を保存し、好きな順番で貼り付けられる。フリーソフト。
土曜日, 12月 20, 2008
Macにいろいろソフトをインストールしてみた
年が押し詰まってきて外部とのやりとりが来週で終わりなので、精神的に余裕が出てきたということもあり、Macにいろいろソフトを入れてみた。
土曜日, 12月 06, 2008
ThinkPad X200が欲しい
自分ではあまり「物欲の人」ではないつもりだけど、ThinkPad X200が欲しい。X40がバックライトの故障か何かで、ディスプレイがほぼ真っ暗になってしまい、修理しようかと調べたら、最低3万円程度はかかること がわかった。X40は1.8インチHDD搭載、Pentium M 1.4GHzなのだが、このHDDがやたらと遅くて使っているとイヤになってくる。Turbolinuxか何かを使って、USBから起動できるLinux マシンにしようかと思っていたのだが、LCDの不調で計画は頓挫。Linuxをモバイルで持ち歩くために数万円の投資が必要なら、DellのUbuntu 入りノートにするか、うーんどうしよう…という状態のまま放置している。
それはそれとして、最近、取材で2日に1日くらいは外出している のだけど、そうなるとノートでメモを取りたいときもある。質問項目を印刷したA4の紙にびっしり文字を埋めていく作業は、実は好きなのだけど、再利用が今 ひとつ面倒だし、かっこも悪い。また、気分転換にカフェで仕事をしたいときに、デスクトップマシンと化しているMacBookにつながっているたくさんの ケーブルをわざわざ抜くのも現実的ではない(電源ケーブル、LANケーブル、mini DVI-VGAケーブル、FireWireケーブル、USBケーブル1→USBハブ1、USBケーブル2→USBハブ2)。もしMacBookをケーブル 類から解き放ち、持ち歩けるようにするためには、もう1台Macが必要になるが、さすがにもうMacにつぎ込む気にはなれない。MacBook Proは持ち歩けないし、Mac miniでは遅すぎるので除外。となれば、次に買うとしたらMac Pro?いやいやいやいや(苦笑)
と なれば、やはりThinkPadかな、と。X300が10万円台半ばで買えるタイミングもあったようだけど、「さすがにいらんだろ」と思ってスルーした ら、X301が発売されて価格が元に戻ってしまった。X200は、X61などと異なり、モニタが横長なので、キーピッチがとてもゆったりしている。X40 では右手小指のキーが小さくて平行していたが、X200なら十分みたいだ。しかも、今日、ヨドバシカメラの店頭で触ってみたら、そこそこ速い。となれば、 買ってもいいかも!…いやいやいやいや、この間、iMac買ったばかりだし、もうちょっと我慢した方がいいだろう。
とはいえ、気分転換に カフェで仕事したいときに、簡単に持ち歩けるノートがないのは、ちょっとイヤな状況だ。一つ考えているのは、取材メモは手書きのままにしておき、アイディ アをメモするような場合、すなわち猛烈なスピードで入力する必要がないときはiPhoneとかW-ZERO3とかのスマートフォンを使うこと。あ、そうい や私はTouch Diamondも持ってたな(笑) iPhoneはちゃんと使えるエディタがないから、W-ZERO3にエディタを突っ込んでやるのがいいかも。無線 LANは搭載しているので、Touch Diamondのプロキシ(WMWifiRouter)を経由してやれば、比較的高速にネットにつながるし。
ここで、「NTTドコモのケータイを買おうと思ってる」とか書いたら、「どこが『物欲の人ではない』だよ!」と突っ込まれそうだな。いや、最近、auの回線が遅くて…って言い訳になってないか。
それはそれとして、最近、取材で2日に1日くらいは外出している のだけど、そうなるとノートでメモを取りたいときもある。質問項目を印刷したA4の紙にびっしり文字を埋めていく作業は、実は好きなのだけど、再利用が今 ひとつ面倒だし、かっこも悪い。また、気分転換にカフェで仕事をしたいときに、デスクトップマシンと化しているMacBookにつながっているたくさんの ケーブルをわざわざ抜くのも現実的ではない(電源ケーブル、LANケーブル、mini DVI-VGAケーブル、FireWireケーブル、USBケーブル1→USBハブ1、USBケーブル2→USBハブ2)。もしMacBookをケーブル 類から解き放ち、持ち歩けるようにするためには、もう1台Macが必要になるが、さすがにもうMacにつぎ込む気にはなれない。MacBook Proは持ち歩けないし、Mac miniでは遅すぎるので除外。となれば、次に買うとしたらMac Pro?いやいやいやいや(苦笑)
と なれば、やはりThinkPadかな、と。X300が10万円台半ばで買えるタイミングもあったようだけど、「さすがにいらんだろ」と思ってスルーした ら、X301が発売されて価格が元に戻ってしまった。X200は、X61などと異なり、モニタが横長なので、キーピッチがとてもゆったりしている。X40 では右手小指のキーが小さくて平行していたが、X200なら十分みたいだ。しかも、今日、ヨドバシカメラの店頭で触ってみたら、そこそこ速い。となれば、 買ってもいいかも!…いやいやいやいや、この間、iMac買ったばかりだし、もうちょっと我慢した方がいいだろう。
とはいえ、気分転換に カフェで仕事したいときに、簡単に持ち歩けるノートがないのは、ちょっとイヤな状況だ。一つ考えているのは、取材メモは手書きのままにしておき、アイディ アをメモするような場合、すなわち猛烈なスピードで入力する必要がないときはiPhoneとかW-ZERO3とかのスマートフォンを使うこと。あ、そうい や私はTouch Diamondも持ってたな(笑) iPhoneはちゃんと使えるエディタがないから、W-ZERO3にエディタを突っ込んでやるのがいいかも。無線 LANは搭載しているので、Touch Diamondのプロキシ(WMWifiRouter)を経由してやれば、比較的高速にネットにつながるし。
ここで、「NTTドコモのケータイを買おうと思ってる」とか書いたら、「どこが『物欲の人ではない』だよ!」と突っ込まれそうだな。いや、最近、auの回線が遅くて…って言い訳になってないか。
Firefoxのテーマが問題で挙動がおかしくなった?
メインのブラウザはFirefox 3なのだが、デフォルトのテーマがあまり好きじゃないので、「Phoenity Reborn」というテーマに変更していた。
す ると、いつの間にか、タブの右端の×ボタンをクリックしてもタブが閉じにくくなった(すべてのタブが閉じられないわけではない)。アドレスバーに表示され るURLが別のタブのURLということも。セーフモードにして起動(Mac OS XではOptionキーを押しながら、Firefoxを起動する)してみたら、とりあえず直った。アドオンを適宜有効にしてみて「ふむふむ、問題ないな」 と思って、テーマを変更してみたら、元の木阿弥。
テーマをDefaultに戻すと、問題なくなったので、互換性がうまくとれていないのかもしれない。
す ると、いつの間にか、タブの右端の×ボタンをクリックしてもタブが閉じにくくなった(すべてのタブが閉じられないわけではない)。アドレスバーに表示され るURLが別のタブのURLということも。セーフモードにして起動(Mac OS XではOptionキーを押しながら、Firefoxを起動する)してみたら、とりあえず直った。アドオンを適宜有効にしてみて「ふむふむ、問題ないな」 と思って、テーマを変更してみたら、元の木阿弥。
テーマをDefaultに戻すと、問題なくなったので、互換性がうまくとれていないのかもしれない。
日曜日, 11月 16, 2008
知力も総量は同じ
社会全体で見たとき、たとえば日本人はここ10年とか100年とか1000年とかのスパンで前よりも愚かになったり、あるいは賢くなったりはしていないと、前々から思っている。もちろん、戦争をやっていた時期は文化が低迷し、後から見れば暗黒時代になるのは仕方ないにしても、ちょっと社会が落ち着けば、それなりの状態になっていく。
他に同じようなことを言う人をあまり見かけなかったのだが、どうやらそれは私の不見識だったようだ。内田せんせのブログから。
さて、内田せんせが書いているように、学力低下の真の原因はここにある。
ただ、こういう現状に対して、私自身は悲観していない。「日本がどんどんダメになっていきつつある」などというディスクールはダメな評論の最たるものだ。これまでも、日本のどこかがダメで、どこかがよかった。これからも、どこかがダメで、どこかがよい社会であり続けるだろう。きっと、マクロ的に良い悪いを論じることは無意味で、悪い何かを少し良くすること、今の「悪」を減らすこと(新たな「悪」が出てくるにせよ)が重要なのだろう。そして、一番重要なのが、どのように良いことと悪いことが移り変わってきたのか、それを知っておき、それに従って現状を分析できることではないか。これがつまり歴史である。昔は、歴史の価値をまったく認めることができなかった愚かな私だが、「歴史が重要である」という結論に帰着せずに、このあたりの議論を深めることはできない。
他に同じようなことを言う人をあまり見かけなかったのだが、どうやらそれは私の不見識だったようだ。内田せんせのブログから。
「世代の知性の総量というのは変わらない。それが向かう先が変わるだけである」(@村上春樹)という考えに私も同意する。今の子どもが20年前の子どもと比べて学力が劣るとしたら、それは別のところに力を振り向けているからである。パソコンやケータイといった情報機器を使いこなす力は、それらがなかった20年前と比べたら格段にアップしている。社会は単純化するところと、複雑化するところと、両面があって奇妙な形でバランスが取れているはず。そう考えることで、「これからの日本はどんどんダメになる」などの非生産的悲観論ではなく、「これからの日本はどこに注力すべきか」といった生産的議論が可能になる。
さて、内田せんせが書いているように、学力低下の真の原因はここにある。
子どもたちの学力が低下した理由は「この世でたいせつなものは『学力そのもの』ではなく、『学力をもつことでもたらされる利益』である」という考え方が支配的になったからである。学力なんかあってもなくてもどうでもよろしい。学力があることによって得られるとされている利益(競争における相対優位、威信、権力、財貨、情報、などなど)が得られるなら「何をしてもよい」というのが私たちの時代の風儀である。「うまくやること」のみがもてはやされる現代である。誰かのミスにつけ込んで数時間で数百億円を稼げば、それが見習うべきものとして評価される現代である。自分が寝ている間にも小銭を稼いでくれるアフィリエイトのようなシステムを手に入れた人を、多くの人が羨望と尊敬の目で見るような現代である。学力とか教養とか、もたらされる利益がはっきりせず、しかも尺度さえはっきりしないものを求める子どもが少なくなったからといって、何も変ではない。
ただ、こういう現状に対して、私自身は悲観していない。「日本がどんどんダメになっていきつつある」などというディスクールはダメな評論の最たるものだ。これまでも、日本のどこかがダメで、どこかがよかった。これからも、どこかがダメで、どこかがよい社会であり続けるだろう。きっと、マクロ的に良い悪いを論じることは無意味で、悪い何かを少し良くすること、今の「悪」を減らすこと(新たな「悪」が出てくるにせよ)が重要なのだろう。そして、一番重要なのが、どのように良いことと悪いことが移り変わってきたのか、それを知っておき、それに従って現状を分析できることではないか。これがつまり歴史である。昔は、歴史の価値をまったく認めることができなかった愚かな私だが、「歴史が重要である」という結論に帰着せずに、このあたりの議論を深めることはできない。
水曜日, 11月 12, 2008
水村美苗、英語、はてな
水村美苗「日本語が亡びるとき」を梅田望夫氏が紹介した記事について侃々諤々の議論が持ち上がっている。梅田望夫氏の元記事、はてブの釣られ具合、増田による元記事の解説、梅田望夫氏が切れた、とか。一連の議論は、梅田望夫氏らによる壮大な釣りであれば、この流れはとてもよくわかるのだが。そうでなくて、梅田望夫氏が本気でこんな切れ方をしているのなら、ちょっといかがなものかと。
さて、水村本のあらすじを増田の解説で想像する限り、感傷的な煽りが主題なのかなと思える。ただし、その気持ちはわかるような気がする。
とか何とか考えていたら、増田もちゃんと書いてるな。
水村ご本人のインタビュー。
しかし、日本語が「国語」として文化を保持するには、あるいは、外国人が学ぶ価値を持った言語だと思えるようであるためには、逆に翻訳文化の育成、古典教育は大切だ。ごくわずかな人に対して、でいいんだけど。
ああ、なんだ。ごく当たり前のことを言ってるだけじゃないか。教養教育を絶やすな。教養に触れる機会を増やせ。大半の人には無駄でも、ごくわずかの人が教養人になるためのはしごとなるから。外国語教育を怠るな。外国語を学ばない者は自国語をも知らない、と誰か言ってたな。古典を読め。古典は長期間にわたってふるいにかけられた、人類の叡智の結晶である。エリート教育を大切にしろ。外国語を深く理解することは誰にでもできることではない。
ふと思ったのだけど、ネットだけで世界が完結している人たちがかわいそうなのは、永井均とか佐伯啓思とか、日本語で普遍的なものを書けるが、ネットにはほとんど現れてこない人の作品を読む機会がないこと。私にとってはだけど、ネット上のどんなテキストを読むよりも、彼らの作品は知的興奮をもたらしてくれる。
ものすごく忙しいのに、ついつい長文を書いてしまった。
はてぶのコメントには、バカなものが本当に多すぎる。本を紹介しているだけのエントリーに対して、どうして対象となっている本を読まずに、批判コメントや自分の意見を書く気が起きるのだろう。そこがまったく理解不明だ。漫才を見に来ている客に対して、漫才師が「俺ら、そんなにおもろないのに、お前ら、よう笑うなあ」とあきれる態度と同じ。梅田望夫氏は、ネットについては、とてもいい話をする人だと思っているが、残念ながら何についても見識が深いとは言えない。そういうこと。
さて、水村本のあらすじを増田の解説で想像する限り、感傷的な煽りが主題なのかなと思える。ただし、その気持ちはわかるような気がする。
日本という「現地」に帰属しつつ他方で「普遍的なもの」とつながっているという点では「外国人」のような存在、すなわち、「在地の普遍人」というでもいうべきメンタリティーを有している人間にとっては、今回の水村さんの本を読んで刺激を受けるのだろうな、ということだ。増田のこのコメントは、よくわかる。しかし、「在地の普遍人」って単に教養人と言い換えてもよくないか。外国語、しかも自分の母国語からできるだけ離れた文化で、「国語」として必須のものが備わっている外国語を長い間学んできた人間にとっては、自分の言語や文化を普遍的なものとの比較対照において相対化する、という態度は持っていて当然のものであり、格別にどうこう言われるものではない。
とか何とか考えていたら、増田もちゃんと書いてるな。
「現地語」のみを読み「現地語」のみで語る、他のものには触れないし読まない。そうなると、文学が、そして、それによって表現される知性が、衰退する、という反応が出てくるのではないか。ま、早い話が「日本語しか知らない人は知的でありようがない」ということ。できるだけ日本語、日本文化とは異なる言語や文化に触れることは、知的であるためには必須。英語じゃなくてもいいけど、中国語や韓国語はNG。中国語は日本に近すぎるし、韓国語は「国語」としての力が弱すぎる。フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語あたりなら何でもいいな。アラビア語、ロシア語とかも悪くない。なんだ、大学の第二外国語か。
水村ご本人のインタビュー。
「中途半端な国民総バイリンガル化を求めるより、少数精鋭の二重言語者を育て、翻訳出版の伝統を維持する。作文を書かせるより、古典をたっぷり読ませる教 育を積む。それが日本語の生命を保つ現実的な方策。もちろん小説家は密度の高い文体を全力で築く。さもなければ日本語はやがて亡(ほろ)びゆく。私たちは 分かれ道に立っています」なんか、激しく同意するところと、なんじゃそらというところが混じっているコメントだな。まず、小説家はこの際どうでもいい。生活や仕事に役立つか、という視点からのみ考えるなら、「中途半端な国民総バイリンガル化」とか「作文を書かせる」とかの方が役に立つ。まあ、読書感想文みたいな作文ならいらないけど、自分の意見をきっちり書くための訓練としての作文はむしろ必要だろう。このあたりは、言うまでもない。
しかし、日本語が「国語」として文化を保持するには、あるいは、外国人が学ぶ価値を持った言語だと思えるようであるためには、逆に翻訳文化の育成、古典教育は大切だ。ごくわずかな人に対して、でいいんだけど。
ああ、なんだ。ごく当たり前のことを言ってるだけじゃないか。教養教育を絶やすな。教養に触れる機会を増やせ。大半の人には無駄でも、ごくわずかの人が教養人になるためのはしごとなるから。外国語教育を怠るな。外国語を学ばない者は自国語をも知らない、と誰か言ってたな。古典を読め。古典は長期間にわたってふるいにかけられた、人類の叡智の結晶である。エリート教育を大切にしろ。外国語を深く理解することは誰にでもできることではない。
ふと思ったのだけど、ネットだけで世界が完結している人たちがかわいそうなのは、永井均とか佐伯啓思とか、日本語で普遍的なものを書けるが、ネットにはほとんど現れてこない人の作品を読む機会がないこと。私にとってはだけど、ネット上のどんなテキストを読むよりも、彼らの作品は知的興奮をもたらしてくれる。
ものすごく忙しいのに、ついつい長文を書いてしまった。
火曜日, 11月 11, 2008
派遣・請負の酷使は決してプラスにならない
NBonlineより。
生産性を上げるためには社員を洗脳するのもいい。出版業界みたいに「この業界は長時間労働、薄給なのが普通だから」とか。しかし、洗脳し続けるのは難しい。出版業界だって、人材の流出は著しい。
要は、努力がちゃんと報われている、と感じられること。「努力なんて報われるはずないよ」というのは正論だけど、その正論では救える人よりも救えない人の方がずっと多い。そして、多数派の人が幸福を感じられる世界の方が、少数派にとっても都合がいい。
いい加減、目を覚ませよな。
ある電子部品メーカーが衝撃的なデータを持っていた。2000〜06年の7年間に、この会社で正社員がやっていた仕事は生産性が150〜160%向上し た。これに対し、請負・派遣社員を使った部門の生産性は30〜40%低下した。この会社は2年前に請負をすべて派遣に切り替え、「派遣で3年続いた人は全 員、正社員になってもらう」(同社の社長)という。「遅いわ、馬鹿者」と言いたくなる。人は失うものが小さければ小さいほど、社会への貢献度は下がる。当たり前だ。社会から何も受け取っていないどころか、搾取されていると思えば、真面目に仕事をするのがバカらしくなる。当たり前だ。なぜ、それがわからないのか。経営者はアホばかりか。目を噛んで死んでしまえ。
生産性を上げるためには社員を洗脳するのもいい。出版業界みたいに「この業界は長時間労働、薄給なのが普通だから」とか。しかし、洗脳し続けるのは難しい。出版業界だって、人材の流出は著しい。
要は、努力がちゃんと報われている、と感じられること。「努力なんて報われるはずないよ」というのは正論だけど、その正論では救える人よりも救えない人の方がずっと多い。そして、多数派の人が幸福を感じられる世界の方が、少数派にとっても都合がいい。
いい加減、目を覚ませよな。
日曜日, 11月 09, 2008
Windows Vistaの「SendTo」フォルダの場所
SendToフォルダに、ドライブやフォルダのショートカットをコピーしておくと、ファイルやフォルダを右クリック→「送る」→ショートカットを選択すれば、コピーできる。深い階層やネットワークドライブにコピーしたいときに便利だが、VistaではXPのように「Documents and Settings」フォルダをたどろうと思っても、アクセスが拒否されたりでうまくいかない。
で、どこにあるかというと、「C:¥ユーザー¥(ユーザ名)¥AppData¥Roaming¥Microsoft¥Windows¥SendTo」とたどるとよい。ここにショートカットをぽいぽい放り込んでおこう。
で、どこにあるかというと、「C:¥ユーザー¥(ユーザ名)¥AppData¥Roaming¥Microsoft¥Windows¥SendTo」とたどるとよい。ここにショートカットをぽいぽい放り込んでおこう。
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コンピューター関係の話や社会問題などを時々投稿してきたが、ここのアクセスは多くない。さらに、他にX(旧Twitter)もnoteもやっていて、そちらは自分としてはまあまあ読まれているので、そちらに投稿を集中することにした。コンピューターはnoteとXに、音楽関係はXに、社会問題...
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PDF文書を第三者と共有するとき、特定の期日までは読んでもかまわないが、それ以降は乱用を防ぐために削除したいことがある。削除したいと言っても、相手のパソコンから勝手に削除することはできないので、期限が過ぎたら、共有したPDFを開いても読めないようなPDFを作って渡すのはどうだろう...
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最近、時折マイナンバーカードのコピー提出を求められるが、その場合はスマホで撮影した写真から切り抜いた画像をIllustratorに貼り付け、プリンターでA4用紙に印刷して対応していた。 先日、ある取引先がマイナンバーの収集を別の会社に委託しているということで、その委託先からマ...